2026年6月30日(火)、一般社団法人こども性暴力防止サポート協会のメンバーを対象としたスキルアップセミナーを実施いたしました。
今回のセミナーのメインテーマは「司法面接」です。
私たち行政書士が、実際の現場でこどもたちに対して直接「司法面接」を行うケースは、実務上99%ありません。しかし、こども性暴力防止法に則った事業者様の体制整備や運用サポートを行う専門家として、この「司法面接」の手法やその根底にある難しさを体験し、深く理解しておくことは必要不可欠です。
なぜなら、事案発生時における「正しい聴き取り」の技術を知ることで、法律で求められる「おそれの認定」や事実確認のプロセスの解像度が飛躍的に上がるからです。今回は、本セミナーで共有した「初期対応の重要性」と「記憶の汚染」という課題について、事業者の皆様や保護者の方々にも広く知っていただきたいポイントをまとめました。
なぜ行政書士が「司法面接」を学ぶのか
こども性暴力防止法では、対象業務従事者による児童対象性暴力等が行われた疑いがあると認める場合、事業者はその事実の有無及び内容に関する調査を行わなければならないとされています 。しかし、この事実確認は決して容易なものではありません。
児童等と加害が疑われる者の証言が相反する場合や、当事者から聴き取りができない場合、音声・録画等の客観証拠がない場合等に、事実の有無を評価するには高い専門性が求められます 。誤った事実確認及びそれに基づく事実の有無の評価は、児童等、加害が疑われる者の権利を含め、重大な影響を及ぼすことになります 。
現実には弁護士に委任することになりますが、行政書士は、事業者に対し社内規程の整備や対応フローの構築をコンサルティングする立場にあります。現場で「何が起きているのか」「どのように情報を集めれば、こどもを傷つけずに正しい事実認定ができるのか」を知らなければ、実効性のあるサポートはできません。司法面接の手法を学ぶことは、事業者が直面する「聴き取りの難しさ」を理解し、より実践的なアドバイスを提供するための重要なステップなのです。
初期対応における最大の壁「記憶の汚染」とは
こどもから性暴力等の被害の申告があった際、あるいは周囲が疑わしい事象を把握した際、事業者や保護者が最も注意しなければならないのが「記憶の汚染」という現象です。
「記憶の汚染」とは、性暴力の被害児童等に、何度も話を聴いたり、誘導的な質問をしたりすることで、周りからの質問や事後に得た情報を自分の考えや経験と思い込んだり、体験のない被害を実際に体験したと思い込んだりして、記憶が変わってしまうことを指します 。
この現象は、記憶能力が発達段階にある幼少期等において特に生じやすいとされています 。しかし、決して幼いこどもだけの問題ではありません。年齢の高い児童等であっても、被害の内容や支援の状況によって、記憶があいまいになり、記憶の変容が起こることもあり得ます 。
初期対応において、良かれと思って根掘り葉掘り事情を聞いてしまうことは、児童等の二次被害や記憶の汚染につながり得ます 。記憶が汚染されてしまうと、その後の警察の捜査や司法手続において、こどもの証言の有効性(証拠能力)を失わせることにもなりかねません 。事実を明らかにし、こどもを守るために行ったヒアリングが、結果的に加害者の責任を問えなくするリスクを孕んでいるということを、私たちは強く認識する必要があります。
事業者・保護者・従業者が守るべき初期対応の鉄則
では、実際にこどもから被害の打ち明けを受けた際や、疑わしい状況に直面した際、事業者や保護者はどのように対応すべきなのでしょうか。本セミナーでの学びとガイドラインの規定を踏まえ、現場で守るべき鉄則を整理しました。
| 対応の鉄則 | 具体的な留意点 |
| 誘導・暗示の禁止 | 聴取する事項は児童等が主体的に話す内容に限って最低限にとどめることが重要です 。対象事業者側が積極的に質問を児童等に問いかけ、答えを得ようとするようなことがないようにする必要があります 。 |
| 反復聴取の回避 | 繰り返しの聴き取りは児童等の心身の負担(二次被害)を生じさせるため、同じことを何度も話させないようにすることが重要です 。 |
| 正確な記録の保持 | 聴き取りの内容は、正確に記録を残すことが重要です 。可能であれば、本人の同意のもと、負担感がないか十分に確認した上で録音を検討し、録音が難しい場合は使った表現や言葉をそのまま記録に残してください 。 |
| 客観的証拠の保全 | 施設・事業所内の防犯カメラ、写真・録音等の直接的な証拠を適切に保全することが重要です 。事実を示す客観証拠があれば、聴き取りを行う必要性が低くなり、結果として児童等への負担を軽減できます 。 |
上記の表に示した通り、初期段階での対応は「情報を引き出すこと」ではなく、「こどもが自発的に語った内容をそのまま受け止め、正確に保全すること」に尽きます。
専門機関(警察・所管行政庁等)との速やかな連携
こどもからの聴き取りには限界があり、また前述の通り多大なリスクを伴います。そのため、対象事業者は、事実確認や証拠の収集・保全において、対象事業者の内部のみで情報を抱え込むことなく、速やかに警察や所管行政庁等の行政機関に通報・相談することが重要です 。
特に、犯罪であることが明らかである、またはその疑いがある場合には、二次被害、記憶の汚染の防止等の観点から、児童等への聴き取りは最低限にとどめ、速やかに警察に通報又は相談することを徹底しなければなりません 。警察に通報するか判断に迷う場合であっても、そうした状況にあることを含めて、今後の対応について警察に相談することを第一に検討することが求められます 。
また、当事者双方の主張が異なる場合や、音声・録画等の客観証拠がない場合等に事実の有無を評価するには、警察、所管行政庁等と連携して対応した事実確認を踏まえて整合的に判断することや、弁護士等の専門家と連携して行うことが望ましいとされています 。
私たち行政書士も、事業者の皆様に対して「自分たちだけで解決しようとせず、適切なタイミングで専門機関へバトンを渡すこと」の重要性を、体制構築の段階からしっかりとお伝えしていく必要があります。
一般社団法人こども性暴力防止サポート協会としての今後の展望
今回の「司法面接」をテーマにしたセミナーを通じて、私たちはこどもから正しい情報を得ることの難しさと、初期対応の重みを再認識しました。
事業者の従業員や保護者の方々は、目の前のこどもが被害に遭ったかもしれないと知ったとき、強いショックを受け、パニックに陥ってしまうかもしれません。そうした心理状態の中で、つい「誰にやられたの?」「どこを触られたの?」と矢継ぎ早に質問をしてしまい、無意識のうちに誘導や暗示を与えてしまう危険性があります。
一般社団法人こども性暴力防止サポート協会では、このような事態を防ぐため、事業者の皆様や保護者の方々に向けて、「被害申告時に児童に対して誘導・暗示をしないこと」「事実確認は専門機関に委ねる勇気を持つこと」を強く啓発してまいります。
どんなに困難で予期せぬ状況であっても、事業者が冷静にマニュアルに沿った初期対応を行えるスキルと体制を身につけられるよう、当協会は行政書士の専門知見を活かし、社内研修のサポートや規程類の整備を通じて、全力で伴走いたします。
こどもたちの安全と尊厳を守るため、そして「記憶の汚染」という二次的な悲劇を防ぐため、今後も継続的な情報発信と支援活動に取り組んでまいります。体制整備や研修に関するご相談がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。