2026年3月31日(火)、大阪市北区民センターにて、障がい福祉専門である日和行政書士事務所の井上先生と共同でセミナーに登壇してまいりました。今回の対象は、主に放課後等デイサービスや児童発達支援事業を運営されている皆様です。
井上先生からは制度の枠組みを中心にお話しいただきましたが、私からは「こども性暴力防止法(日本版DBS)の盲点」、すなわち『性被害者』にスポットを当ててお話をさせていただきました。
新しい法律ができると、我々士業も含め、どうしても「どのような手続きが必要か」「要件や解釈はどうなっているのか」といった表面的なコンプライアンス(法令遵守)ばかりに目が行きがちです。しかし、本当に大切なのは「性被害を絶対に起こさない環境を作ること」、そして「万が一起きてしまった場合に、こどもの心身を守る適切な対処ができるようにすること」です。
本記事では、セミナーでお話しした「感情の神経生物学」「逆境的小児期体験(ACE)」「トラウマ・PTSD」「医療的・法的支援」といった、通常の行政書士の切り口とは少しかけ離れた、しかし事業者が絶対に知っておかなければならない本質的なテーマについて詳しく解説します。
1. こども性暴力防止法(日本版DBS)の本当の目的とは?
2024年6月に成立し、2026年12月25日に施行される「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律(こども性暴力防止法)」。
この法律は、教育・保育などのこどもに接する場での性暴力を防ぐため、従事者に対して過去の性犯罪歴の確認(犯罪事実確認)を義務付ける、いわゆる「日本版DBS」と呼ばれるものです。
しかし、犯罪事実確認はあくまで「入り口」の対策に過ぎません。こどもに対する性暴力は、乳幼児から思春期まで幅広い年代に渡り、性別にかかわらず起きています。教育や保育の場における従事者からの性暴力は、信頼している大人からの裏切り行為であり、こどもの心身に深刻かつ長期的な影響(トラウマ)を及ぼす重大な人権侵害です。
事業者に求められているのは、単なる「犯歴チェック」ではなく、「被害児童ファースト」の視点に立った未然防止と、疑いが生じた際の迅速かつ適切な初期対応なのです。
2. 想像を絶するダメージ:トラウマとPTSDの現実
性暴力がこどもに与えるダメージは、大人の想像を絶します。セミナーでは「感情の神経生物学」や「逆境的小児期体験(ACE)」という観点から、性被害がこどもの脳や神経系にいかに深い傷を残すかをお話ししました。
トラウマ(心的外傷)と身体への影響
トラウマとは、大きな精神的ショックや恐怖が原因でできる心の傷のことです。性暴力は他の暴力と比べても、トラウマにつながりやすいと言われています。 被害によるショックは、単なる「悲しみ」ではなく、以下のような具体的な身体症状や行動として現れます。
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身体反応: 頭痛、腹痛、下痢、便秘、食欲不振、不眠、倦怠感。こどもは言葉で自身の変化を伝えられないため、身体反応として出現しやすいのが特徴です。
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情緒的反応: 強い不安や恐怖、気分の浮き沈み、ボーっとして呆然とする。
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行動での反応: 赤ちゃん返り(親にくっつきたがる等)、自傷行為、年齢不相応な性問題行動。
こどものPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状
被害後、時間が経過しても以下のようなPTSD症状に苦しむこどもたちが多くいます。
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再体験症状(フラッシュバック): 関連する出来事がきっかけで、被害時のことを急に生々しく思い出す。悪夢を見る。
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過覚醒症状: 物音に敏感になる、警戒心が強くなる、集中力が低下する。
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回避症状: 被害があった場所や、加害者を思い出すような出来事を避ける。
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認知と気分の陰性変化: 幸福感や優しさを持てなくなる、自分を責める、他者から孤立していると感じる。
こどもたちは「自分が汚れてしまった」「自分のせいで起きた」と自責の念に駆られ、誰にも言えずに秘密を抱え込むことが少なくありません。
3. 障がい福祉(放課後等デイサービス等)における特有のリスク
今回ご参加いただいた放課後等デイサービスや児童発達支援の事業者の皆様には、特に強く認識していただきたいことがあります。それは、障がいのあるこどもたちは、性暴力に対してさらに脆弱な立場に置かれやすいということです。
知的障がいや発達障がいのあるこどもは、自己肯定感を持ちにくく、また「支援がなければ生活に支障が出るため、支援者に逆らえない」という状況にあります。
さらに、福祉の現場では「従事者と児童が1対1になりやすい」「身体接触を伴う介助が必要不可欠である」といった特性があり、性暴力が「起こるリスク」や「潜在化するリスク」が比較的高い環境にあると言わざるを得ません。
言葉で被害を訴えることが難しいこどもたちの場合、怒りや攻撃性が強くなる、以前習得した技能が失われる、引きこもるといった「小さな変化」を見逃さない日常観察が極めて重要になります。
4. 万が一疑いが生じた場合の「絶対にやってはいけない」対応
もし、施設内でこどもが被害を訴えてきた場合、あるいは不自然な変化に気づいた場合、事業者の初期対応がその後のこどもの回復を大きく左右します。
「なぜ?」と責めるような質問は厳禁
被害児童から話を聴く際、「なぜそんな行動をしたの?」「どうして逃げなかったの?」「なぜもっと早く言わなかったの?」と理由(Why)を尋ねることは絶対に避けてください。これは児童を責めているように聞こえ、深い傷を与えます。また、「なぜ?」という質問自体が、こどもにとっては回答の難易度が高いものです。
安易な励ましは傷を深める
「早く元気になりましょう」「つらいことは忘れましょう」「時間が解決してくれる」といった言葉掛けも不適切です。忘れることができて早く元気になれるのであれば、それを一番願っているのは被害児童本人です。大人が安心したいがための安易な励ましは、かえって児童の心を閉ざしてしまいます。
「記憶の汚染」という致命的なリスク
ここが法的支援とも密接に関わる非常に重要なポイントです。 大人が不適切な聴き取り(何度も同じ話をさせる、誘導的な質問をする等)を行うと、児童の記憶そのものが変化してしまう「記憶の汚染」が生じるリスクがあります。 性暴力被害では、こどもの証言が唯一の証拠になることも少なくありません。事業者が不適切な聴取を行ってしまったがゆえに、後の裁判(司法手続)において証言の信用性が失われ、加害者を適切に裁くことができなくなる事態は絶対に避けなければなりません。
5. 医療的支援と法的支援へのスムーズな連携
事業所内だけで問題を抱え込むのは危険です。性被害からの回復には、外部の専門機関による医療的支援・法的支援への迅速な接続が不可欠です。
医療的支援への接続
被害児童に治療が必要な外傷がある場合や、不同意性交等の被害の訴えがあった場合は、直ちに医療機関(産婦人科等)へ連絡する必要があります。特に緊急避妊薬は72時間以内に服用する必要があるため、時間との勝負になります。また、PTSD等を防ぐため、初期段階から精神科や公認心理師等による専門的な心のケアが求められます。
法的支援と専門機関への接続(大阪SACHICOなど)
被害者の心身の負担を軽減し、回復を図るためには、被害直後から総合的な支援を提供する「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」との連携が非常に有効です。
例えば、大阪には「性暴力救援センター・大阪SACHICO」があります。SACHICOでは、24時間対応のホットライン(06-7494-3683)を設けており、医療的・心理的・法的支援を総合的に提供しています。 SACHICOの指針にもある通り、「どんな形であっても同意なしに性的に接触すること」はもちろん、「接触がなくても、性的な言葉や行動で心やからだを傷つける行為(ポルノを見せる、盗撮する等)」もすべて人権侵害であり、性暴力です。
また、被害児童の権利を守り、二次被害を防ぐためにも、早期に弁護士や行政書士といった法務の専門家へサポートを求めることが事業者には求められます。
6. 事業者が今すぐ取り組むべき「未然防止」の仕組みづくり
性被害を起こさせないために、事業者は「ルール」「環境」「教育」の3つの柱で体制を構築する必要があります。
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服務規律(就業規則等)の整備: 「不適切な行為(私的な連絡先の交換、個室での2人きりの状況等)」を明確に定義し、就業規則で厳格に禁止します。ルール化することで、言われなき批判から真っ当な従事者を守ることにもつながります。
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相談窓口(複数ルート)の設置: こどもや保護者がSOSを出しやすいよう、事業者内の窓口だけでなく、外部の通報窓口も設置・周知することが重要です。デジタル入力(QRコード)や意見箱など、こどもの特性に合わせた工夫が必要です。
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従事者への研修の実施: 「自分にはそのつもりがなかった」という認知のゆがみを防ぐため、こどもの人権や同意の概念、加害の引き金になり得る行動についての研修を定期的に実施する必要があります。
7. 行政書士写楽国際法務事務所にできること
私たち行政書士写楽国際法務事務所は、単なる「こども性暴力防止法のシステム登録代行」や「形式的な規程の作成」を行うだけの事務所ではありません。
今回お話ししたような、こどもの心身に及ぼす深いダメージ(トラウマ・PTSD)への理解や、神経生物学的アプローチ、そして被害者支援のリアルな実態を踏まえた上で、「現場で本当に機能する、血の通ったルールづくり」をサポートいたします。
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「うちの事業所の形態に合わせた就業規則や服務規程を作ってほしい」
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「こどもたちが相談しやすい窓口の設計方法がわからない」
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「従事者に対する実践的な研修や、保護者への適切な説明の仕方をアドバイスしてほしい」
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「万が一の事態が起きた際の、外部機関(医療・警察・弁護士等)へのエスカレーションフローを構築したい」
当事務所は弁護士、社会保険労務士、医療機関、警察、児童相談所、ワンストップ支援センターなどと提携しております。
手続きや要件ばかりを追うのではなく、「大切なこどもたちの命と心を守るため」、そして「事業所とそこで働く職員を守るため」の体制構築をご希望の経営者様は、ぜひ当事務所までご相談ください。